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 黒田真一行政書士事務所は茨城県笠間市(水戸の隣に位置します)の事務所です。ISO14001環境マネジメントシステム認証取得支援コンサル、廃棄物処理法関係環境調査までを含む産業廃棄物・一般廃棄物許可申請、HACCP認証取得支援コンサル、介護保険法関連許認可業務、介護保険関連施設運営マニュアル作成、官公署への許認可申請、会社設立、法人設立、起業支援、相続手続など。茨城・水戸、栃木、群馬、千葉、福島、東京その他全国対応します。

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環境と高齢者福祉を見つめる
黒田真一 行政書士とんだ開業記

 〜 開業に至るまでと開業後の決意など 〜
●経歴

 サラリーマン人生が都合26年。伊勢甚チェーン、ジャスコ(現イオン)と小売業で一環。第一線の売場で通算15年、商品部、販売促進部などスタッフで11年。スーパーから百貨店まで主に食品歴が長いのですが、はたまた、宝石時計、呉服催事、書籍、文具、玩具、スポーツ売場など一通り経験致しました。地域的にも茨城県央を皮切りに、大手スーパーに出向の後は、岐阜を中心に愛知、三重、栃木、つくばに戻って3年、次はスコーンと雪の新潟、さらに東京神田の地域事業本部に浦和の寮からツラい電車通勤。テリトリーは関東、長野、新潟地区だったのですが、会議の出張なども多くボロボロで、不規則な単身赴任生活が約7年にも及びました。

 売場ではお客様とのフェイスツーフェイスのお付き合い、またスタッフとしては、特に販売促進時代には企業戦略から、チラシ・販促物製作までクリエイティブな業務ではありましたが、精神的にも肉体的にも限界近くまで追求しての毎日だった気がします。事務所の床に段ボールを敷いて、腹に新聞紙巻いてのホームレス状態の仮眠3時間のあと、新たな一日のスタート、その一日の長いこと。神田界隈のカプセルホテルにもよく泊まりましたが、チェックインが朝5時半で・・・、そんな狂ったような職場もあるのです。当然相手先の印刷会社、デザイナーも一蓮托生で、病的連鎖はひっそりと人知れず完結し、これが延々と日常的に続くのでした。ただ預かる経費予算が、たえとえば水戸時代年間1億5千万円くらい、これが自分の胸三寸の裁量で使えたのですから、金銭感覚的には、個人事業主になってみてから大きく禍根を残しているようにも思います。サラリーマンでありながら、事業者的経営戦略を常々追求し、また、経費使用裁量権も持ち合わせる立場を与えられたのは、世の常としては稀有のことであろうと、当時のその幸運を感謝しています。

 「企業30年寿命説」がつとにいわれますが、流通革命に賛同し喜々として燃えていた若い自分が時経ていま思いますのは、この説に首肯せざるを得ないか、ということ。小売業界の盟主を自他ともに認めたスーパーD社の凋落を当時誰が予想したでしょうか。先進性と堅実性のIY社とて、いまやマスコミの表に立つことも少ないですし、県内での雄、K社も同様。いまだ〈乗船〉したままの人には見えないものが、離れてみてよく見えます。業界としての縮小、身を置いた企業の風土とその社風ゆえの浮沈が如実です。全部署の所属幹部一同に会して儀式化した重箱のスミを突付くような営業会議、その場でキリキリ胃が痛むような報告。一方、過ぎたことを問うより、今後の具体的取り組みに時間を割く開かれた雰囲気の会議。後者の企業文化を持つI社が今業界の新たな盟主として頭角を現していることはご案内の通りです。

●開業を目指して

 企業では自分史的にはやるだけやったし、先も見えたということもあり、また何より続けていても単身赴任は免れず、家族関係でも二度とない時間を失いたくないと考え(岐阜に引っ越した時小2の長女が中2になっていた。)退職し水戸へ。満を持して戻ったつもりがエライことに。周到な検討を加えて選んだはずの職場が内実トンだところで、やけに親切熱心に受け入れしてくれたと思った総務部長が、入ったら、私と入れ替わりに辞めていました。聞けば、代々イスが温まる間もなくいなくなっていると。これは困った、それから後半生の人生設計に急遽とりかからざるを得ませんでした。

 いわゆる確固とした信念に基づいての独立、行政書士開業ではなく、己む無く波乱万丈、行き当たりばったりの自分自身の『プロジェクトX』を推し進めねば。しかも絶対失敗の許されない選択をしなければならない。年齢的にも難しい資格に悠長に何年も掛けてチャレンジしている暇はありません。手の届きそうな「行政書士」資格の取得、合わせて「ISO14001環境マネジメントシステム審査員」資格に照準を合わせ動き出しました。〈行政書士〉と名のつく本は片っ端から読んで資格内容と業務をリサーチし、一から修行している時間はありませんので、自分がオンリーワンの道、既存の先生方の隙間を必至で模索する日々でした。小売業界しか知らない自分を変えようとまず行ったのが、栃木県真岡市にあるコマツの建設機械の教習所。約2ヶ月掛けて移動式クレーン、ショベル・ローダ、フォークリフト、締め固めローラ、高所作業車など7つの資格取得。そのたび〈労働安全衛生法〉の講義も受け、また現場作業員の性向を知る機会が得られました。秋から初冬にかけてでしたが、季節と相まって内心の寂寥感は否めませんでした。年明け、1ヶ月ほどで2級ボイラー技士取得。凍てつく朝7時台に東京・慈恵医大病院に入り、地下1階の機械室で実習もしました。3月には危険物取扱者、浄化槽管理士、次に酸素欠乏作業主任者、消防設備士、消防設備点検資格者(1種・2種)、福祉住環境コーディネーターと隙間なく6月半ばまで自分を武装するための資格を取り続け、さすがに不安になりあと4ヶ月に迫った行政書士試験に取り掛かりました。先ほど〈手の届きそうな〉と書きましたが、実は水戸駅南のLECの教室で1月に見た前年合格者が30名、到底無謀なチャレンジにも『やるしかない!!』。奇しくもこの正月に見えた家内の兄(土地家屋調査士)が世間話に「行政書士なんか取ったってなあ、食えないしなー・・・」とポロッと言いましたが、実は私それを目指しているとも言えませんでしたが、まず絶対受かる!次に食っていけるようになる!!固く誓ったものでした。

●開業、そして営業

 平成14年3月15日行政書士登録。しかしISO14001環境マネジメント審査員研修コースの受講、資格取得を目標にしていたため、積極的営業は意識的にしませんでした。まずISO14001内部監査員コースから始め、6月に審査員コースを終了、その後、企業勤務時代の上司から実務経験証明をいただくなど、認定までかかりたしか9月末ぐらいにやっと認定されたように記憶しています。この認定で前年に取得したガテン系資格がそのままベースとして生かせることも実感致しました。それから脱兎の如くいよいよ本格的に行政書士開業。といっても、向こうから仕事がやってくる訳もなく、近隣の建設業、建築業、産廃業者、砂利・採石業者、浄化槽業者、不動産業者、介護サービス業者、消防設備業、それから屋外広告業者などへ開業挨拶状、業務案内DMを出しまくりました。都合各種2000枚ほども出したでしょうか。また、司法書士、社会保険労務士、税理士、土地家屋調査士の先生約100人の方をお尋ねしご挨拶もさせていただきました。過度の期待をかけると裏切られますがその後、実際に業務を受けたりお願いしたりの関係になれた先生方もあります。しかし、その後1年も経ってから、年賀状を戴いたり、電話があったり、の先生もおられます。即仕事・・・の関係に至らずとも気にかけて戴けていることに感謝しております。また自分なりに業務のワンストップ受注体制の構築には大変役立ちました。(挨拶回りを口実に、シビアにいえばこちらも面接させて戴いた訳ですから。)

 また、事務所の近所の国道355号線脇に屋外広告看板を、さらに翌年国道50号線笠間ジャスコ沿い交差点にもう一基増設いたしました。355号線の方は、月2件ほどの問い合わせがあり、離婚問題、交通事故相談、宅建事務所更新、建築士事務所開設、医療過誤相談、多重債務問題などいろいろ種々雑多。50号沿いは2つ目でしたので、デザイン的にも改良を加え「自信作」でしたが、意外と問い合わせは少ないのが実体です。業種、大きさにもよるでしょうが、交通量、スピードの関係で若干脇道的な場所の方がよいようです。

素朴なつくりだが、当時の使命感の高揚が気恥ずかしい。 笠間のジャスコ沿い交差点から見る看板。平成18年には撤去しましたが、地域のお客様に存在を知っていただく役目は果たした。

●主な取扱業務

 建設業許可、指名参加、経営事項審査、農地転用、建築士、宅建業、相続手続き、産業廃棄物収集運搬、車庫証明、交通事故自賠責請求、法人業務、飲食店営業許可、入国・在留許可申請、廃棄物処理法関係環境調査、介護保険手続き、ISO14001環境マネジメントシステム認証支援、HACCP認証取得支援、プライバシーマークシステム構築支援

●これからの方向性

 まだまだ短期間の実務しかない私が言うのもおこがましいのですが、巧なり名を遂げた大先生はともかく、後発組の若手に「街の法律家」としての未来は厳しいものがあるように思います。社会が複雑化し、関係性の希薄化の進行、一方で権利意識の高まりといった要因で、争訟性を帯びた事案、また当然にその予防的措置のニーズの増加は見込めるでしょう。また反対に、規制緩和政策のいっそうの進行、オンライン申請の普及・洗練化など私達の既存業務分野の侵食が進むものと思われます。そんな中、同業者で組織化されている行政書士会の役割はますます大きくなります。また、個人レベルでも、どこに活動の軸足を置き、どういう戦略・戦術をもって進むのか、計画と実行、そして検証、軌道修正の日々をいとわず果敢に挑み続けることの中にしか、明るい展望はないように思います。

 お付き合い戴いているある先生から「ジャスコで食品やっていたというんなら、何かそれ関連の分野を考えたら?」と助言をいただきました。もうおさらばした業界、見るのもいやだ・・・と思っていたのですが、目からウロコ。自分の強みって何なのか?と考えた時、やはりブーメランのように、自分の原点に立ち返った方が差別化戦略が取れそうな気がして来ました。

 来年4月から食品リサイクル法が本格施行になります。このタイトルで出版されている本全部読破し関連分野も俯瞰してしまいました。実験的に生ゴミ処理機を導入していたコンビニをつくば市にたずね、堆肥工場を下妻市でチェック。ひたちなか市のおからを受け入れ堆肥化するプラントがこれか・・・とこれもチェック。これからこんな業務が本当に受注出来るかどうか解かりませんが、地道な種蒔きを初めています。年末に年賀状書かなかった分、今年はハガキDMを1000枚出しました。先日は355号脇屋外広告の契約解消を致しました。2年でモトは取れたし、細かい事案に精力を削がれないよう、限られた経営資源をいかに効率的に運用するかの判断をした結果のことです。どの分野でなら、コンサルタント的役割を担えるか。考え実行し、牙を研ぐ努力をして行きたいと考えております。


(この記事は茨城県行政書士会の会報「行政茨城」2005.3 No.160に掲載されたものをUPしています。)


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